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急行津軽号◆テールマーク事典

た行
20系寝台急行テールマーク
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急行津軽のプチ・ストーリー

◆上野~青森を奥羽本線経由で結ぶ急行列車として1956年11月に登場した急行津軽号は奥羽本線を代表する列車と呼べる最初の存在で、1993年12月まで走っていた。

上野~秋田間は急行おが号と重複するため、補完しあったり運転区間延長によって編入されたり、さらには使用車両のそっくり交換が行われたりと、両列車は深い関係にあった。

逆風が吹き始めたのは1970年10月改正。この時、寝台特急あけぼのが新規設定され、またさらに3年後の1973年10月改正ではあけぼのが2往復に増発されたため急行津軽は一気に衰退するかと思われた。しかし、急行津軽は座席主体の編成であることにより気軽に利用できる列車として引き続き支持を集めた。長い間寝台車を含む編成を使用する夜行列車として君臨していたが、1983年7月に14系座席車に変更されて一旦オール座席車の編成になってしまうと、後に583系に変更されても寝台車として使用されることなく、最終的には485系電車を使用して最期を迎えた。

ちなみに、583系電車を使用するようになったのは1990年9月から。これは山形新幹線改軌工事に伴う調整として仙山線経由に変更された時でもある。ここまでは客車編成であったり、見た目には寝台車を連結した編成で夜行列車らしさを感じたものだが、最終型として485系となった時はずいぶん印象が変わったと感じた。

急行津軽のトレインマーク

急行津軽号には様々な車両が使用されたが、まずは20系のテールマークをご紹介したい。当時はなかなか急行に列車名を記したテールマークは用意されず、「急行」表示のみだった。20系を使用していたのは1982年11月15日~1983年7月1日という短い間だったので、これを見た人はかなりレアな瞬間に出会ったことになる。

20系急行テールマーク

初代津軽もあった!

急行津軽と言えば奥羽本線と密接な結びつきをイメージする人が多いが、実はさらにさかのぼること2年、1954年10月1日改正で上越線経由の不定期急行として登場している。先述の2代目急行津軽が新設されるに際して、この列車は愛称変更して急行羽黒号となり、後には急行鳥海号に再変更された。

 

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