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寝台特急紀伊◆ヘッドマーク&テールマーク事典

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寝台特急紀伊号のプチ・ストーリー

◆ 東京~紀伊勝浦を結ぶブルートレインとして1984年まで運転していた寝台特急紀伊。東京~名古屋間では寝台特急いなば、後には寝台特急出雲2・3号と併結運転していた。

東京発着の寝台特急としては最も距離が短いが、3種類の機関車の付け替えが行なわれていた。電化・非電化の区別だけでなく、亀山にてDD51・DF50の付け替えが行なわれるところが興味深く、コアなファンの注目を浴びていた。しかし、名古屋駅構内での機関車付け替え作業を行っていた際に機関車が客車に突っ込んだ事故の印象が強い。

上り寝台特急出雲2号が名古屋駅に着いた時にはすでに隣りのホームに紀伊が到着していた。このあとどのような手順で連結作業が行なわれたのかはよく覚えていないが、すでに日付が変わり、ひっそりした中でのとても地味な連結作業だった。上り出雲・紀伊が連結して名古屋駅を出ると、ほんのわずかな時間の後、下り出雲・紀伊とすれ違った。画像の不鮮明さは弁解の余地もないが、テールマークの鮮やかさははっきり見て取れる。余談だが、発着点の駅名は紀伊勝浦だが、町名は那智勝浦町である。

◆寝台特急紀伊号のヘッドマーク

ヘッドマークが存在したことをご存知の方がどれくらいいらっしゃるだろうか?。よく調べてみるとDF50の、現役時代のヘッドマーク装着姿がみつかる。これは実のところ、レギュラーとして使用されていたのではなく、DF50が寝台特急紀伊の牽引から引退するのを記念して国鉄の工場職員さんのお手製によるHMで、1978年10月1日~2日にのみ使用された。デザインは三重県南部でよく見られる花、「はまゆう(浜木綿)」を描いたもので、職員さんたちの愛情のこもった一品と言える。沿線の紀伊長島では以前浜木綿が「町の花」に指定されていた。(現在は紀北町となったため過去の話)。

寝台特急紀伊号のヘッドマーク(浜木綿)

(画像をクリックするとHM高画質保管室にリンク)
【HM登場】1978年10月1日
【HM引退】1978年10月2日

さて、もう一つ存在したヘッドマークはテールマークと共通の「那智の滝」がモデルとなっている。こちらは紀勢本線からDF50形ディーゼル機関車が引退する時にそれを記念して作られたもの。この時すでに寝台特急紀伊の運用からは外れていたので実際に紀伊号を牽引したのではないと思われる。おそらくイベント用。

寝台特急紀伊号のヘッドマーク(那智の滝デザイン)

(画像をクリックするとHM高画質保管室にリンク)
【HM登場】1980年3月1日(イベント用)
【HM引退】1980年3月1日

テールマークの配色はブルートレインに最も多いパターンで、青背景・黄文字・白ワンポイント。非常に良く映える色の組み合わせのデザインだ。高いところから落ちてくる水の流れと跳ねる水しぶきが、ブルー基調のテールマークに鮮やかさを増してくれる。

寝台特急紀伊号のテールマーク

※ HMの営業運転については鉄道ファン2001年3月号のP15・P16にある諸河久氏および岡本文彦氏のコメントに基づいています。また、鉄道ジャーナル1979年4月号も参照。

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