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特急白根号のプチ・ストーリー
◆上野~万座・鹿沢口を結ぶ吾妻線の特急として1985年まで運転されていた特急白根号。
当初は臨時特急として登場し、車両は157系から183系へと移り変わったが、大きな発展を遂げたのは1982年。それまで急行草津が主役だったのが、1往復を除きすべて特急格上げとなり、特急白根として躍進を遂げたのだ。
特急谷川号や特急あかぎ号との併結運転で走る長大編成はなかなかの見ものだったが、1985年に新特急という新しい制度が設けられると同時に愛称が「特急草津」に一本化されたため白根の名は消えた。
その後、草津白根という愛称の列車が誕生したので往年の鉄道ファンはこの列車のことを思い出したことだろう。
◆特急白根号のトレインマーク
1985年に姿を消した特急であるゆえに、純国鉄特急ということができる。183系1000番代の国鉄特急色車を使用したその姿はまさに100%国鉄の姿と言える。
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【HM登場】1982年11月15日(Lがつく)
【HM引退】1985年3月13日
(翌日から新特急草津)
【HM使用期間】2年4か月
登場したての頃は季節特急でありながら、末期にはL特急にまで成長した。急行草津からの格上げという要素もあったが、成長路線だったともいえるだろう。しかしながら、一旦は消えた急行「草津」にその座を奪われて消えることになろうとは思いもしなかった。
もっとも、知名度の高い草津温泉の名を冠した方が利用者が増えるという考えがあったのかもしれない。または草津温泉側がPRのためにそれを希望したことも考えられる。同じようなパターンは特急北近畿から特急こうのとりに変更された例にも見られる。地元の要望を受けてPRを兼ねた変更が行なわれるパターンだが、伝統の愛称が消えることは鉄道ファン的視点で見るとあまり嬉しくない。