寝台特急いなば号◆テールマーク事典 | HM事典新館
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寝台特急いなば号◆テールマーク事典

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寝台特急いなば号のプチ・ストーリー

◆ 東京~米子を結んでいた夜行列車、寝台特急いなば号。東京~名古屋間は寝台特急紀伊号との併結運転を行なっていた。牽引機は一貫して「東京~京都間:EF58」、「京都~米子間:DD51」。この一貫してEF58が牽引した定期の寝台特急はこの列車のみであろう。客車は14系8両で、オシ14形を含んでいたが食堂車の営業は行われなかった。

山陰本線の寝台特急というと現在では寝台特急サンライズ出雲、一昔前には東京~浜田・出雲市を結んで2往復運転されていたブルートレイン出雲号が代表的。

とはいえ、わずか3年半ほどであったが、寝台特急いなば号(東京~米子)がブルートレインとしての姉妹列車として出雲号と共存していた頃があった。兵庫県北部や鳥取県と首都圏を結ぶ需要を想定して設定されたものだった。

しかし、高い需要を誇っていた出雲号を補完するために運転区間を延長して出雲市発着とするため、名称適正化のために統合したことによって、寝台特急いなばを廃止、寝台特急出雲を2往復化した経緯を持つ。

◆寝台特急いなば号のトレインマーク

20系に続くいわゆる新形式のブルートレインとして運転された特急列車たちは、その大半が1979年以降も存続していたためイラスト・テールマークが採用されたのだが、この寝台特急いなば、および寝台特急安芸の2列車だけはそれより早くに愛称が姿を消してしまったため、こうした和文字+ローマ字の表記だけのテールマークしか存在しなかった。寝台特急いなばテールマーク

ちなみに、特急いなば号という愛称は活躍の場を変えて昼行列車として後の1996年3月16日に復活。鳥取~米子の県内輸送列車でキハ181系という、全く似ても似つかない列車だった。

その後、1997年11月29日改正では特急くにびき号に統合されて廃止。なんと2度目の統合廃止の憂き目にあう。とはいえこのたびは、陰陽連絡列車として愛称が即採用されることになっていたため、前向きな廃止だった。

そして、そこで誕生したいなば号は現在もスーパーいなば号として智頭急行線経由でのこの任務にあたり続けている。

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