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ほくせつライナーのプチ・ストーリー
◆ 1980年代前半までは旧型客車が行き交っていた「大都市につながるローカル線」だった福知山線も、1986年11月の全線電化を境に大きく変貌し始めた。気動車特急まつかぜや急行だいせんその他が去って485系の電車特急北近畿号がコウノトリの絵柄のヘッドマークを掲げて7往復も走り出した。
こうして並行する阪急に対抗する環境を徐々に整え、大阪の都心部への通勤圏として福知山線沿線もにぎわいを増した1988年3月、大阪~篠山口を結ぶほくせつライナーが登場した。特急車両である485系を使用し、イラストヘッドマークも採用して設定されたライナー列車だが、同様の存在としてはすでにはんわライナーやびわこライナーがあり、同時に登場したやまとじライナーとともに登場が待たれていたのかもしれない。乗車整理券を使用して定員制で運転される列車がこうして関西にも定着していった。

ほくせつライナー・大阪駅到着
ちなみに、半室グリーン車がついていた編成だったがその部分は締め切られていた。しかしやがて、特急北近畿に格上げされる形で2002年10月5日に廃止された。
※ 画像提供:catpapa5様(無断使用厳禁)
ほくせつライナーのヘッドマーク
ほくせつライナーのヘッドマークには大きく分けて3種類存在するようだ。
前期型ヘッドマーク(イラストマーク)
485系を使用してほくせつライナーが運転開始した当初からのマークは丹波地方の特産品である「丹波栗」、「丹波立杭焼の登り窯」そして「武庫川」が描かれたものだった。丹波立杭焼は、平安時代までルーツを辿ることができる歴史ある陶器で現在の丹波篠山で作られる。
このデザインには貫通型車両を使った場合の、ほぼ正方形のものも存在した。「ほくせつライナー」の文字は小さくなっていないのでいくらか窮屈な印象を受ける。
後期型ヘッドマーク(黒背景)
すでに485系から183系に改造された後のことと思われるが、カラフルなイラストマークではなく「黒い背景に白い文字」だけのシンプルなマークに変更された。
理由についてはわからないが、1996年3月改正において北近畿ビッグエックスネットワークというPRを始めたことに伴って特急列車のヘッドマーク類も統一コンセプトのものに一新されているので、特急との差別化の意味も込めて同時に変更されたものと思われる。「シンプルになった特急のマークよりも華やかではふさわしくない」という考えがあったとしたら納得できるところだ。
キハ65形エーデル編成ヘッドマーク
こちらも現在トレース計画中。1990年~1993年の3年間だけ特急エーデル北近畿号のエーデル編成キハ65形が上り列車のみ運用についていた。その当時のヘッドマークにはしっかり「ほくせつライナー」と記されており、大型のヘッドマーク窓ではっきりと読み取ることができた。





